弁護士 猪野亨のブログ |

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法科大学院制度の是非 何故、推進派は議論を避けるのか。

2012.11.14 Wed

09:43:47

 昨日、札幌弁護士会司法改革推進本部で、法曹養成制度に関する討論が行われました。
 弁護士会内部の問題ですので、内容そのものをブログ上に掲載することはしませんが、感じたことを若干、述べておきます。
 法曹養成制度は、既に危機的状況にあります。これを否定する人はいないでしょう。
 危機的状況の中核にあるのが法科大学院です。
 法科大学院制度を維持したいというのであれば、問題点を克服できるのかどうかが問われているのです。
 法科大学院制度を擁護したい、守りたいというのであれば、それはそれで結構ですが、それならば制度を維持しうるような具体的な提言をしなければならないはずです。
 日弁連では、2012年7月13日に「法科大学院制度の改善に関する具体的提言」を出していますが、とても具体的といえる内容ではありません。
日弁連による「法科大学院制度の改善に関する具体的提言」」
 参考までに、この提言の主眼は、以下の点にあります。
 )_並膤惘,猟螳削減、統廃合を強制的に進めて、司法試験合格率を高める。
 教員の不足している法科大学院に教員を派遣する。
 政府に法科大学院制度のためのカネをさらに要求する。

 昨日の本部会議での特徴は、
 法科大学院制度を推進する大御所たちの欠席が目立ったこと、
 出席された大御所たちの発言にも、一切、具体性がないこと
です。
  しかも、私が、推進派の発言に対し、「さらに、その点はどうなんだ。」という質問に対しても、大御所たちは回答を拒否、他の人の発言を聞きたい、だそうで、極めて露骨でした。
 私は、本部会議に先立ち、「法科大学院制度Q&A」を作成し、本日の本部会議の徹底討論のために、本部委員全員に配布していました。

 「法科大学院制度Q&A」の配布にあたって、このようなペーパーをつけました。
来週11月13日の本部会議では、法曹養成制度に関する徹底討論が行われることになっております。
 法曹養成制度では多くの課題を抱えているところですが、これまでの審議会でのやり取りや資料をもとに、私なりに「Q&A」方式で、分析し、まとめてみました。
 是非、ご一読をお願いいたします。
 忌憚のないご意見、ご批判を頂ければと存じます。
 そして、本部会議においては、みなさまと徹底討論の名にふさわしい討論ができればと思っております。
 是非、本部会議にご参加の上、ご意見を交わして頂ければと思います。
 よろしくお願い申し上げます
。」

 私は本部会議での席上で、
「私は、「法科大学院制度Q&A」(PDF 1.64MB)先般、ブログ上でもご紹介させていただきましたが、本部会議に合わせてさらに改訂しました。)を作成し、問題点について述べた。法科大学院制度を推進する人たちは、私には反論できない。」
と述べました。
 もちろん、法科大学院制度を推進する人たちからは反論はありません。推進派の大御所は、黙っているだけです。反論など、できるはずがないでしょうね。意図的にデタラメだけを振りまいてるんですから。

 札幌弁護士会本部での議論は、今後も継続されますが、私は自分自身の意見が正しいのかどうか、法科大学院制度推進する方々と是非、論戦したいという思いで満ちあふれています。
 法科大学院制度推進派の方々、敵前逃亡しないでくださいね。


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コメント

4611

彼らとマジメに議論をするためには、弁護士会の強制加入が職業選択の自由に反するので違憲として訴訟を起すくらいでないと難しいと思います。確か以前、強制加入は合憲であるとの判断が下されていたと思いますが、今は事情が大きく異なっています。法科大学院の学費、貸与制、弁護士の就職難などの問題から、特に金銭的な理由で高額な弁護士会費を支払っての登録ができない弁護士が続出しているわけです。訴訟を起せば、そのあたりの問題を広く一般にアピールすることができます。
そこで初めて、司法改革推進派との全うな議論ができるのではないでしょうか。

4613

>もちろん、法科大学院制度を推進する人たちからは反論はありません。推進派の大御所は、黙っているだけです。反論など、できるはずがないでしょうね。意図的にデタラメだけを振りまいてるんですから。

本当同感です。
ロー翼賛派は自分達にまったく正当性がないことをよーくわかってるくせして、ひたすら翼賛を続けるばかり。本当に卑劣です。

しかし、会内権力者にロー翼賛派が多いであろうにもかかわらず、堂々と正面から彼らの卑劣さを指摘できる猪野先生には、感服します。
余計なお世話かもしれませんが、翼賛派の大御所達から、派閥の若手を利用した嫌がらせをされる心配はないのでしょうか?

4614

 お気遣い、ありがとうございます。
 大御所といってみても、会内で権力があるかといえば、全く? ないので、大丈夫ですよ。

 それから、私の意見は、札幌弁護士会の中では、少数派ではありませんよ。

4615

 強制加入団体に関する憲法訴訟ですが、それをやったら、推進派は喜んじゃいますよ。
 口では、弁護士自治、強制加入団体維持なんて言っていますが、ホンネは、権力にしっぽを振っている人たちですから。

4622

日弁連は強制加入によってかき集めた何十億円というお金を湯水のごとく使うことで権力を保っているので、「強制加入がなくなるイコール使えるお金が激減する」ですから、あわてるでしょう。

4636

国民視点からすれば法科大学院などの改革は大切だと思います

4637

 「改革」ですか。
 「改革」といってみたところで、小手先の「改革」など意味がなく、「廃止」も含む意味での「改革」であれば意味があるでしょうね。

 一般国民からすれば、法科大学院制度など有害無益ですから、廃止でしょう。
 少なくとも、国民から「廃止」という選択に反対などあり得ませんから。

4638

レスありがとうございます。
私自身は、法科大学院が、「社会全体に対して何も産み出さない
身のない屁理屈」とでも感じる法律学至上主義と呼ぶべき
司法の慣習、並びにそれに追従する試験マニアのような人達に対して、
その負の部分に答える素地を持っていると感じています。

素朴な合理性から遊離した司法の権威の押し付けを
解消する土台として、法曹の方々の「何を持って質が高いとするか」の
基準を変更する作業が司法改革だと、私は解釈しています。

4639

 残念ながら、法科大学院制度には、そのようなメリットはありません。

 もともと、法律思考だとか、試験マニアのような言い方をしていますが、試験である以上は、避けられない傾向はあるし、それは新司法試験でも同様な傾向が出ていることは、考査委員の雑感にはっきりと現れています。

>素朴な合理性から遊離した司法の権威の押し付けを解消する土台

が法科大学院制度だということですが、全くわかりません。
 あまりに「理念」の空回りではないですか。

 ところで、ブログ本文で紹介させて頂いた、「法科大学院制度Q&A」はお読み頂けたでしょうか。
 私の主張(見解)に対し、具体的な誤りを指摘して頂けると幸いです。
 是非、よろしくお願いいたします。

4640

追伸

>社会全体に対して何も産み出さない身のない屁理屈」とでも感じる
>法律学至上主義

 これは、従来の法学部研究者に対する批判でしょうかね。

4641

レスありがとうございます。
法科大学院の卒業生の8割程度が法曹の
資格を得る体制が実現されれば
「新司法試験でも結局同じ事になっている」
という状況は自然に解消されるでしょう。

また法がどうあるべきかを知る上で
法律の勉強そのものが本質でなく、
それらをどう解釈・適用していくかは
(法律の外側の)教養や大局観が大切だと思います。
それらはテクニカルなものや論理に還元
出来ませんので、大学に行った全ての人は学問を
学ぶことそのものの深さとは何かを知る必要が
あります。
法科大学院はそれら学生の本分に向き合わせる
余裕と機会を与える素地があると思います。

やはりアメリカがお手本になると思いますが、
法学部を将来的に廃止し、あらゆるバック
グラウンドを持った人達に対して、全て同じ
スタートラインでゼロから
法そのものをほどほどに迅速に教える場と
なれば理想的だと思います。

「法科大学院制度Q&A」今丁度拝見した
ところです。93pもあるので
ゆっくり時間が開いてる時に目を通させて
頂きたいと思います。ありがとうございます。

4642

すみません追伸とコメントがすれ違いになりました

>これは、従来の法学部研究者に対する批判でしょうかね。

私は法学は学問ではないと考えていますので
勿論その批判を含みますが、この切り口に関して一般市民の立場から見れば、
それと実務家の方とに境界線があると感じておりません。

4643

今さらっとだけ僭越ながら目を通させて
頂いたのですが(現時点でのfirst impressinでは)
たくさん挙げられた問題点のうち、一体何が法科大学院を
失くすことによってしか解消できないのか、という点が
あまり伝わらないような気がしました。

具体的な言及をさせて頂きますと
例えばQ8の観点については、
試験勉強そのものなどというのは片手間にやるのが
そもそも健全なあり方です。
欧米には大学受験に2次試験がないそうですし
また受験数学は学問としての数学にとって害でしか
ないとよく言われます。
ですので法科大学院の授業に集中して貰ってそれをきっちり
こなせばその殆どの人が資格を得られるようにする
事が最終的な目的のはずです。
昔に戻せば良いことではないです。

4644

 ご意見、ありがとうございます。

 法学部を廃止した方がよいというのは、ある意味では筋の通った見解ですが、現実には、学部の上の大学院として設立されています。
 あなたの見解を元にしても、現行法科大学院制度は廃止ですね。
(法学部だけ廃止すればいいんだ、未修者コースだけ残せばいいんだという主張かもしれませんが、法科大学院制度廃止よりも非現実的です。)

 あなたが、法律は学問ではないと主張されていますが(私も、どちらかというと、真理探究という意味でいえば学問ではないと考えています。Q&Aの中でも言及しています。)、しかし、法科大学院構想は、何故、大学院として構想されたかといえば、学問的な基礎を置くから大学に設置すべきだったからだと述べているとおり、学問の延長として位置づけられています。

 また、学問ではない、単なる技術的なものであるならば、「大学院」として位置づける必然性はありません。予備校と同じです。

 司法試験など片手間でよいはずだということですが、しかし、法科大学院構想の中では、法務省は、法科大学院でみっちり勉強しなければ受からない試験になるはずだとまで述べています(予備試験との関係で。Q&A収録)。
 片手間でも結構ですが、法科大学院の授業を受けて何故、司法試験程度の合格できないのか、その方が問題でしょう。
 決して、従来のレベルを上げているわけでもなく、むしろ司法修習生については実体法の理解が足りないと言われているのですから、司法試験が選抜機能すらも果たし得なくなってきているということであれば、制度としての破綻は明白でしょう。
 元々、司法試験年間合格者数激増に合わせた質の担保のために導入されたのですから。
 外国との比較も意味がありません。それ以外の司法制度がすべて同じということならともかく、成り立ちは全く違うのですから。

4645

ご丁寧なレスありがとうございます。
法務省やある特定の人物・団体が何を言ったかは知りませんが、
まず「法科大学院の授業を受けて何故、
司法試験程度の合格ができないのか、その方が問題でしょう」
とありますが、そこは決定的に違うと思います。

欧米において司法試験はもっと簡素で、日本のような現代の
科挙と揶揄される資格試験の形態に、若い貴重なエネルギーが
無駄に注がれることはないと聞いています。
そのどうでもよい尺度で法科大学院の質を量る事自体が
ナンセンスだというのは既にtypicalな議論だったはずです。
「レベル」とか「質の担保」とおっしゃいますが、
前に述べましたように「何を持って質とするか」を変更する、
つまりいかなる法的主張も、素人にもなるほどと理解して貰える
説明に最終的に行き着かなければいけないし
そうする事によってしか法理論は深化しないのであって、
若い人は特に法律学の中に閉じ籠もりすぎることなく
法そのものの訓練は集中的に、ほどほどに迅速に、授業に
専念して貰う事で足るとするのが理想ではないでしょうか。

またローは専門学校ですが、
学士の資格を必要とする専門学校ですから
法学が学問でないことを前提にした上でも
大学の中に設置をするのは不自然とは思いませんし
そこの教育に当たる人材は言うまでもなく、マニュアルを伝授する
ような予備校の先生よりも現在法学者と言われているような
方たちが行うのが自然でしょうし、結局ところ
何が具体的に不都合なのでしょうか。

4646

 ご意見、ありがとうございました。
 ご指摘の部分について、コメントさせて頂きます。

>法務省やある特定の人物・団体が何を言ったかは知りませんが、

 この点は、「Q&A」でご確認ください。今回の法科大学院制度がどのような経緯で、あるいは目的で設立されたのかに係っている部分であり、個別に誰かが発言したというものではなく、審議会での報告ですから、公のものです。

>まず「法科大学院の授業を受けて何故、
>司法試験程度の合格ができないのか、その方が問題でしょう」
>とありますが、そこは決定的に違うと思います。

 決定的に違うようです。その意味では出発点が全く違うのですから、議論しても意味がないとも言えますが、他方で、じゃあ、あなたの見解に従うと、どのような「プロセス」を経て、現状の法科大学院制度の危機的状況が回復するの? ということです。
 あなたの見解では、司法試験の合格率さえ上がれば(7〜8割なのか、9割〜10割を念頭においているのかわかりませんが。)、例え、新規登録弁護士が就職できなくても、法科大学院制度は維持できるというご主張のように理解していますが、そうでしょうか。


>欧米において司法試験はもっと簡素で、日本のような現代の
>科挙と揶揄される資格試験の形態に、若い貴重なエネルギーが
>無駄に注がれることはないと聞いています。

 だから何故、外国と比較するのか、という視点が決定的に欠如しています。

>そのどうでもよい尺度で法科大学院の質を量る事自体が
>ナンセンスだというのは既にtypicalな議論だったはずです。

 これは、どこから導かれますか。現実に、法科大学院制度が危機に瀕し、さらに弁護士制度も危機に瀕している中で、終わった議論であるかのように主張されても、全く説得力を感じないのですが。


>「レベル」とか「質の担保」とおっしゃいますが、
>前に述べましたように「何を持って質とするか」を変更する、
>つまりいかなる法的主張も、素人にもなるほどと理解して貰える
>説明に最終的に行き着かなければいけないし
>そうする事によってしか法理論は深化しないのであって、
>若い人は特に法律学の中に閉じ籠もりすぎることなく
>法そのものの訓練は集中的に、ほどほどに迅速に、授業に
>専念して貰う事で足るとするのが理想ではないでしょうか。

 ここは、ご指摘の意味がわかりません。
 法科大学院制度を推進する方々は、従来の質など求められてもいない、下がってもいいんだというように言われることがありますが、あなたのご指摘の後段の見解とは直接、結びつきません。
 しかも、「若い人が法律学の中に閉じ籠もり過ぎることなく」という指摘ですが、どの現象をとらえてのご指摘でしょうか。
 「授業に専念して貰う事で足りる」としますが、その検証をどうするのかという点が不明です。
 建前としては厳格な成績評価と修了認定ということになっていますが、授業に専念ということになると、点での選抜過程が増えるだけですね。
 それはともかく、全国の法科大学院の格差は歴然としている中で、「授業に専念」と言ってみたところで、意味はなく、あなたのご意見を前提にすれば、単なる大学院卒と代わらない、ということです。
 そこまでにすべきだという合意があったとは思えないし、その行き着く先は司法修習の廃止でしょう。
 あるいは、司法研修所に入所するための別の入所試験を設けることでしょうか。


>またローは専門学校ですが、
>学士の資格を必要とする専門学校ですから
>法学が学問でないことを前提にした上でも
>大学の中に設置をするのは不自然とは思いませんし
>そこの教育に当たる人材は言うまでもなく、マニュアルを伝授する
>ような予備校の先生よりも現在法学者と言われているような
>方たちが行うのが自然でしょうし、結局ところ
>何が具体的に不都合なのでしょうか。

 予備校に対する偏見ではないでしょうか。というよりも法学者の方が上ととらえていることにも根拠がありません。それこそ千差万別です。
 具体的な不都合という点でいえば、学問でもない専門学校を大学の中に位置づけるから、学問の自由、大学の自治という概念が骨抜きにされてしまう、非常に問題だと思います。
 御用学者だから、自由などいらないというのであれば別ですが。


 それから、ご自身の立場を明らかにして頂けますか。
 法科大学院関係者のようにお見受けいたしますが。立場によって見解が異なるのは当然ですが、その立場は明らかにしておくべきだと思います。

4650

レスありがとうございます。失礼いたしました。
私は数学科の院生です。法律とは一切無関係な人間です。
法務省やある特定団体の政治家的発言などの揚げ足を取る
ことで法科大学院を否定する根拠とされましても
(私の考える)司法改革の可能性や素地とは
無関係ですし私の介する所ではありません。

一番問題なのは裁判官の判決内容そのものなどが広く国民に
評価・監視される仕組み(疑問・批判をランダムに抽出しそれに
回答するなど)が不十分で、テストの点数くらいしか自己の質を
客観的担保するものが存在しない事です。
よって、法曹の人たちのお仕事そのものがもっと広く国民に
客観評価される事を前提とした上で、法曹「三者」の
人口を増やし市場原理も介入させることは健全です。

試験という形態が、豊かで伸び伸びした教養を量るのに大きな
限界があり「片手間でやるべき事」という主張は、
あらゆる角度から何度言っても言い過ぎる事はありません。
ここのすれ違いこそが根本的な訳ですから
もう少しどんな些細なことでもいいので、より積極的な
それを否定する反論をそちら側からして頂けないと
もう一歩先の議論が出来ません。
「だから何故、外国と比較するのか」などの程度で終わって
いては、何がもっと猪野様にとってより明晰な説明となり得るか
私も糸口がつかめません。(続く)

4651

(続き)またこの事とは別の次元の話ですが「点での選抜過程が
増えるだけ」というご指摘ですが、
いくら大変重要な勉強した事で
あってそれを徹底的に学んだ経験があっても、使わないと
忘れていくものです。それがまた必要な場面に迫られれば
その必要に応じて頭の中でインストールし直す事が自然です。
試験の負担が過度になるという事は、「健全な動機に基づいた
必要」に迫られてる訳でもないのに、そこで無機質な足踏みを
強要することになります。ですのでそういう無駄な解凍作業を
なるべく排除するのも、単元ごと学期ごとに授業の
内容に沿って線として評価することの目的でもあると思います。

アメリカではトップローであればあるほど司法試験と全然関係ない
事をしているとも聞いていますが
そういった授業の多様性は司法試験が簡素であるから
可能なのでしょう。
法学がそもそも学問でないのにその試験にムキになるのは
さらに馬鹿馬鹿しい話です。
逆に司法試験がそんなに絶対的質を担保するというのなら
更新性にして3年に一度法曹の方全員に司法試験
を義務化し落ちれば失効するとでもしたらどうでしょう?

それから、あらゆる分野の学者も大学に属しており
裁判官も公務員ですが
大学の自治を、より守る方法とは何であると主張されて
いるのかQ&Aを拝見しても具体的によくわかりません。
法科大学院を廃止したら何故どう大学の自治が守られる
のでしょうか?
また法学は学問ではないと言いましたが
やはりローで学士を有する人達を教えていくには、
法学としての学問的価値を生産する能力を持った人
が中心になって貰うことが自然だと思います。
ただ法学者の21世紀に残された最大のお仕事は
自らを葬る墓の穴を掘って頂く事だと思ってはいますが。

4654

一般市民様へ。
司法試験の在り方についてかなり誤解と偏見を抱いておられるようですが,司法試験は不必要に高度な知識の詰め込みを要求しているわけではなく,法律的な議論に最低限必要な知識と,それを活用して自分なりの法的議論をする能力を試しているものに過ぎません。何年勉強しても合格できないという人は,単に司法試験の趣旨を勘違いし,合格に必要ない知識を無駄に暗記しているに過ぎず,要領の良い人は2年くらいで受かります。司法試験を簡素化せよと言われますが,法曹という高度な職業専門家となるのに,わずか2年程度の勉強も不要と主張される御趣旨でしょうか。
また,アメリカのロースクールについては,司法試験と無関係な授業が行われているのはそのとおりですが,これらは実務とも無関係であるとの評価がアメリカでも一般的であり,欧州諸国でも「あんな金ばかりかかる無駄な制度はいらない」との評価が一般的であるのをご存知でしょうか。

4655

法科大学院の延命には色々手があると思うんですが、一番良いのは仮に2000人
司法試験に受かるとして法科大学院の定員をそれより圧倒的に少数に抑えて
法務博士取得者の希少性を高めることだと思うんですけどね(^^;)

極端な話、司法試験受験資格者が予備試験合格者5000対法務博士500になれば、
もしかしたらもしかするかもしれませんw

そんなんで法科大学院行くのか?ってツッコミはあるでしょうけど、法科
大学院を推進してる大手の事務所や先生方が法務博士を優先して採用すれば、
すぐにでも法科大学院希望者が増えるはずです。それだけの話。

でも結局、大手の商事事務所も予備試験合格者に事前説明会等を開いていると
いうのでしょう? それじゃあ法科大学院やプロセス教育の有難味なんて受験生は
実感できませんよね。

4661

黒猫様へ

数学科の教授がセンター試験の問題作成に召集された時
最初に何をやらされるかと言えば、その問題を解かされる訳ですが
まず解けないそうです。あんな高校生にとって
朝飯前未満の問題ですら、試験のためには試験のためだけの準備を
ある程度しないといけないという事です。
だからと言って「その分野の世界的指導者であるような
先生がセンター試験すら解けないなんて」となった所で
どちらの方が趣味的で笑いものになるかは言うまでもありません。
「要領の良い人は2年くらいで受かります」とおっしゃいますが
そのような要領の良さすら一切無くて結構です。

日本が欧州のように一足飛びに
法教育と司法試験の両方を簡素化・瑣末化出来るのであれば
ローのように国と学生双方にカネがかかるモノは
確かに作らなくても良いでしょう。
しかし日本の堅牢な過度の法律学教育偏重と科挙的登用制度を
緩やかに是正するためには
ロー教育を担保にして切り崩していくのが一番と感じます。
(ローが過渡的な解毒剤としての役割を果たし
日本が欧州のようになればローを廃止してもいいでしょう。)

4663

一般市民さん

>一番問題なのは裁判官の判決内容そのものなどが広く国民に
>評価・監視される仕組み(疑問・批判をランダムに抽出しそれに
>回答するなど)が不十分で、テストの点数くらいしか自己の質を
>客観的担保するものが存在しない事です。

 だそうですが、これを担保するのが法科大学院制度だということは、あまりに飛躍がありはしませんか。
 判決の問題といってみても、どのような判例をどのような視点で批判されるのかということがなければ、一般的に「裁判官は非常識だ!」などという単なるレッテル貼りの批判に陥るだけです。

 しかも、そのことが、

>よって、法曹の人たちのお仕事そのものがもっと広く国民に
>客観評価される事を前提とした上で、法曹「三者」の
>人口を増やし市場原理も介入させることは健全です。

 に結びつくこともよくわかりません。
 まず、前提としている「広く国民に客観評価される事を前提」ということが何故、可能なのでしょうか。市場原理によって達成できるというご主張ではないとは思いますが(その後に人口を増やすとありますので)、とはいえ、仮定的条件を置いているところに問題があります。

>試験という形態が、豊かで伸び伸びした教養を量るのに大きな
>限界があり「片手間でやるべき事」という主張は、
>あらゆる角度から何度言っても言い過ぎる事はありません。

 ということについて、些細なことでも指摘せよというご意見ですが、これはあなたの中で、前記命題が正しいのだから、そっちで反証せよということを言っているだけですね。
 私にしてみれば、従来の制度で全く問題がなかったにも関わらず、敢えて法科大学院制度を導入し、弊害しか出ていない中で、「何か問題があるのか。」と開き直られても、どうかと思います。
 それから、些細なことでも、ということですが、結局、どこまで身についているのかということですね。
 現行の司法試験にすら合格できないのは、合格者が2000名に限定されているからではありません。2000名は合格させるということから上から2000名をとった結果であって、一定の水準をクリアーしからではありません。
 司法修習修了の際の考試もその在り方を変えてしまい、合格させるための試験としましたが、それでも不合格者が出ています。
 既に、法科大学院制度の格差や、法科大学院の入試が選抜機能を果たしていないということも、既に共通認識です。

 それから、いろいろとご意見をいただきましたが、あなたが勝手に思い描いている「理想」的な法科大学院をもって議論をされても、こちらは、全く意味を感じていません。
 現状から出発しておらず(入試が選抜機能を果たしていない、志望者が激減しているなど。)、あるいは制度導入過程の議論など、知ったことではないという発言では、法科大学院に懐疑的な人も、そうでない人も、あなたの議論の仕方にはついていけないでしょう。


>アメリカではトップローであればあるほど司法試験と全然関係ない
>事をしているとも聞いていますが
>そういった授業の多様性は司法試験が簡素であるから
>可能なのでしょう。

 それから、この点についても法曹(司法)に関わる人材養成であり、ビジネスマン養成ではないんです(弁護士業務のビジネス性を否定する意味ではありませんよ。)。
 それ以外のものであれば、別に法科大学院ではなくても、その他の大学院卒でも法学部卒でも何でも結構なんですね。
 ここらからしても、話が飛んでしまっているので、独自の論理を展開してみてください、としか言いようがありませんし、その議論には、申し訳ないですが、価値があるとは思えません。

4668

度々書き込み恐縮します。私の批判の意味を
もう少し明らかにしたいのですが、その土台は
法的問題においても法的知識そのものが本質ではない、
という事です。

法律家の方がある法的主張をされた時、一般市民にとって
あまり聞いた事のない概念を帯びた言語が
そこに使用されたりする訳ですが
今はネットで検索すればそれら用語の意味も簡単に
アクセスでき、その際それら言語がある事実に適用された
ステップを一つ一つ追っていくと、結局は一般市民にとって
素朴な合理性がなんら説明・言及されていないケースが
多々あると感じます。
よくまぁこんなに本質とほぼ直接関係ない用語や言い回しを
いじり倒して並べ立てたもんだと変に感心する一方で、
結局何故その主張に至ったかその素朴な批判を
改めて相手に問い続けていくと、結局は判例の権威に
単純に依拠していたり、慣習を無批判に押し付けているだけに
過ぎない場合に行き着く事が多いと私は感じています。

なぜそれが合理的なのか、実は何も理解していないのに、
法解釈をいじり倒す事だけやってもそれは非生産的であり、
そしてその合理性を健全に理解する能力は
法そのものと無関係です。ただ出来るだけ安定的に
法運用するためにそれら法知識を担保として持っているという
程度に過ぎず、法言語を用いれば直ちに合理的な訳でも
なければ、日常言語で説明すれば直ちに感情的だ、という
訳でもありません。私は今の登用制度がその屁理屈を
いじり倒す能力に偏っていると思っているのです。

法知識がなければ法的議論が出来ない、というのは
法律家の驕りです。相手が多数決の世論であろうが
国会で決まった事であろうが、その批判が
「裁判官は非常識だ!などという単なるレッテル貼り」
であると感じるならば、同じ土俵に立って
何故そうかを説明・反論するべきです。
そうすることによって法理論は深化するのであり
それを放棄することは権威の押し付けに過ぎません。

司法改革に言及させていただく場合
〆までの既存システムの何が問題であったかなかったか
△修量簑蠅砲弔い童醜圓硫革手法はどう効果があるかないか
この2点を分けてそれぞれを両方とも明確に言及する必要が
あります。「従来の制度で全く問題がなかったにも関わらず」と
おっしゃっておられている時点で、つまり△竜掴世料阿
,涼奮で、国民の批判の意味を法曹特に弁護士の方は
保身に固執し理解していないと受け取る人もたくさんいます。

4670

一般市民さん

 申し訳ございませんが、あなたの独自の論理にすぎず、また法曹養成制度である法科大学院制度との関係もよくわからず、他の方々にとっても意味ある議論ではないので、私としては、これで打ち切らせて頂きます。

「法的問題においても法的知識そのものが本質ではない」についてのみ一言、述べておくと、研究においては、それでよいのですが、実務家ということになれば、一定の知識は必要です。それだけのことです。

4677

いえとんでもありません。私のようなどこの馬の骨かも
わからない人間にレスを向けて下さった事、及び私の拙いレスを
そのまま掲載して頂いた事を純粋に感謝します。

ただ裁判官に対する言及については最高裁判所裁判官国民審査にも
関連することですので、より詳しい言及を聞けるか楽しみ
にしていたので残念です。またこのような議論においてはお互いが
そう考えるに至る切実さとその『vision』を提示し合いすり合わせる
事が大切だと思っていますが、少々
「いや。違う。そんな証拠はない」「いやお前の方こそ証拠はない」
という感じから抜け出せなかったのも残念です。

利権Aと利権Bがあって、どちらも同じくらい汚らしいものであった場合
伸るか反るかの発想でもし利権Aの方が少しでも国民に有益なら
国民はAを支持します。そうやって1mmづつ社会はよくなります。
私は産業界も法学者も実務家も一切信用をしておりませんが
少しでも国民にとって得となり有益な方向を向いているなら
是非そちら側の方に錦の御旗を振って頂きたいです。
私はあくまで国民や社会全体から見た視点にしか興味がありません。

猪野様は推進派の大御所の方のロジックと喧嘩するmethodに
頭を一杯にされておられるのに、当の大御所さんは
全くまともに取るに足らないと議論なさってくれないそうですね。
一般市民の一人として、この主導権争いと純粋な腕力の
ぶつかり合いの行末を見守っていきたいです。
ご自分の名前をお出しになりブログ上で責任をもって発言なさる
ご姿勢は心から頭が下がります。
若造の幼稚で生意気な数々の書き込み申し訳ありませんでした。

4680

一般市民さん

 いくらなんでも、法科大学院制度の問題と、最高裁国民審査の問題では、関連性は薄く、広げすぎでしょ。

 判決の問題は、法科大学院制度の問題ではありません。
 あれは、むしろ最高裁を頂点とした司法の在り方の問題です。
 判決は、どのように作成すべきか、など、司法研修所で「指針」となるべき(要は、下級裁判官は従え、というものですが。)が、出されています。
 文献としても法曹会などから出版されています。

 学問としての法律と、統治手段としての法律の違いと言った方がいいのではないかと思いますが、法科大学院制度は無関係です。
 考え方に影響を及ぼすのだという意見もありますが、実証的なものではなく、たいした話ではありません。

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