弁護士 猪野亨のブログ |

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山岸憲司氏と尾崎純理氏

2012.01.17 Tue

09:17:18

 日弁連会長選挙で、立候補している山岸憲司氏と尾崎純理氏。この2候補は、従来の旧執行部派の流れを汲む人たちです。
 一昨年、尾崎純理氏は立候補の準備はされていたようですが、最終版にいたって立候補を断念しています。
 しかし、今年は、立候補の届け出をしたため、旧執行部派は分裂選挙となりました。
 この2人について、花水木法律事務所ブログで、大変興味深い分析をされています。日弁連会長選挙の解説と予想
 ビジネス系と左翼系の分裂という図式です。
 山岸憲司氏がビジネス系、尾崎純理氏が左翼系というものですが、確かに頷けます(もちろん、賛同者一覧をみると入り乱れているところはありますが、某左翼勢力自体の分裂に原因がありますから、入り乱れていること自体はたいした問題ではありません。)。
 かつて旧執行部派は、司法「改革」が言われるようになってから、このような野合を形成するようになっていました。
 その象徴がビジネス弁護士本林徹日弁連会長、自由法曹団弁護士大川真郎事務総長体制でしょう(2002年4月〜2004年3月)。
 本来、新自由主義改革に基づく司法「改革」に断固として反対すべき自由法曹団弁護士が与党化していたし、現在に至っても、そのような流れが歴然と残っています。
 大川真郎氏は、東西冷戦の崩壊により、流れが変わったと自己弁護に奔走しています。
 しかし、東西冷戦の崩壊と今時の司法「改革」を正当化できるのかは全く別問題です。
 弁護士を激増させれば、弁護士の役割が変容していくことは必然ですし、弁護士自治も崩壊していきます。
 しかも、競争による淘汰という意味で、新自由主義そのものの中に弁護士を組み込むという点においても、あからさまな淘汰を前提とした「改革」を断行しようとしたことを、自由法曹団弁護士が担っていたということであり、許し難い行為と言えます。
(自由法曹団自体、今時の司法「改革」には黙りです。議論になれば分裂してしまうからでしょう。大川真郎氏の東西冷戦の終結したんだからという発言は、日本共産党の方針にも反しています。形式的には冷戦は終結しているのですが、その後のグローバル化反対への評価は、同党の方針でもあると思うのですが。)
 今回の旧執行部派の分裂は、この蜜月(野合)の終了であり、その意味するところは、その司法「改革」路線の破綻と終焉です。
 従来通り、野合選挙を行い、会長ポスト、事務総長ポストを分け合うような関係で選挙協力を行い、司法「改革」に反対する勢力を押さえ込んできたにも関わらず、今回、それすらも行えない状況に至っているということです。
 旧執行部派には、害悪だけを振りまく存在ですから、さっさと自滅してもらいたいものです


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コメント

2968 森川氏について

ここでは言及されていませんが、森川氏はどうなのでしょう。

4人の中では(できるかできないかという問題はおくとして)一番歯切れがよく(例えば原発は即時停止など)、司法試験合格者についても年500人と、妥当な数字を挙げていると思いますが、何か問題があるのでしょうか。

2976

 森川さんの主張に問題はありません。
 司法試験年間合格者数は、もはや500名で足りるというのは、その通りです。
 もっとも、その500名という主張が日弁連内で共感を得られるかは別かもしれません。

2986 司法浪人の方がいいの?

司法改革批判派の中では、最も(唯一と言った方が正確かな)論理的だと思われる猪野先生に一つ質問があります。今次の日弁連会長選挙の森川候補が典型ですが、「若手弁護士が就職難だから合格者を減らすべきだ」という意見があり、合格したばかりの弁護士までがこれに賛成しています。しかし、それなら、「合格しないで、司法浪人していた方がいい」というのでしょうか。私には、仮に生活が大変でも、司法浪人よりは、収入が低くても、弁護士の方がいいと思うのですが。これはどこで聞いても、ちゃんとした答えをもらえないので、先生にお聞きする次第です。また、「500人合格で十分」という人は、「平均合格年齢28歳」なんていうバカな時代を再現しようというのでしょうか。まったく愚かな話です。

2988 お答えします。

岡田先生

 ご質問、ありがとうございます。お答えいたします。

 私が500名でよいのではないかという趣旨は、過去の500名という枠と同一ではありません。
 過去の500名というのは、500名に抑えられたままになっていたというもので、その時代の問題点は、合格滞留組が一定数に達していたということです。
 滞留組とは、一定の合格水準に達していながら、人数制限のために合格できなかった層のことです。
(学者に言わせると合格させてよい水準に達しているのは、150名ほどだそうですが、その視点からいうと500名を合格させるということは、合格ラインではひしめき合ってはいても、もともと合格ラインではないということになるのでしょうね。)
 しかし、その後、合格者数を600名、700名と増加させることによって、この滞留組は一掃し得たといえます。
 要は、600名、700名とした段階で、合格水準にありながら合格できなかったという受験者は基本的には一掃されたということです。
 この一掃されたということは合格者層の若返りで実証できるのではないでしょうか。
 500名時代は、合格者の平均年齢は、28〜29歳であり、その後の600名、700名の時代は、若干、下がり27〜28歳程度です。
 しかし、内容が大きく異なり、25歳以下の若年合格者が飛躍的に増えました。受験回数1〜2回という合格者も珍しいものではなくなっていました。要は、平均年齢の上げている合格者がいるから平均年齢は若干しか下がらなかっただけで、着実に合格者層は若返っていました。
(なのに平成8年から丙案を導入したのは愚かだったと思います。)
 その意味では、私は、本来であれば、要は漸増であるならば、700〜800程度が適当という意見です。
 しかし、現在は、既に2000名までに増員してしまっていて、いわば弁護士が「過剰」になっているわけですから、もはや、700〜800程度という前提が当てはまりません。
 それ故に現時点では、500名でも充分、ということです。
 しかも、既に滞留組は一掃されていますので、500名としたが故に合格水準に達していながら合格できないという者は想定しづらくなります。
 それ故、受給バランスを見るならば、現時点では500名で充分となります。
 なお、合格者の平均年齢ですが、
 2011年度の新司法試験で、平均年齢28.50歳
 最年少23歳、最高齢60歳
 であり、旧試験の時より悪化しています。
 この原因は、法科大学院制度により、最低でも大学卒業後、2年間は法科大学院に在籍することを義務づけられているからというのは周知の通りです。

 それから500番以降で合格したにも関わらず、森川候補の500名という数字を支持することについて。
(今の司法試験は順位がわかるので、岡田先生のご質問の趣旨は、上記の趣旨と解釈しました。)
 これは、確かに、500番以降で合格した受験者が、仮に合格者数が500名であれば、当然に不合格、また来年ということになります(司法浪人)。1500人という主張も、1500番以降で合格した受験者にとっては同様のことがいえます。
 もちろん、司法浪人、ましてや三振し受験資格を失うよりも食えるか食えないかわからない弁護士の方がまし、とは言えます。
(ただ、本当に食うや食わずで廃業と隣り合わせであれば、どっちがよいかといっても、その先の企業への就職がないという意味では、どんぐりの背比べと思いますが。)
 その人が受験時代には、大増員せよと主張し、合格した途端に減員せよと主張した場合、その人の主張には全く一貫性がなく、しかも、あからさまに自分の立場によって主張をころころ変えていることになりますから、制度を論じているとは到底、理解されないし、共感も得られないと思います。
(心の中で思うくらいであれば、もちろん、人間ですからそのように思ったとしても責められることではないと思っています。)
 とはいえ、実際に司法修習を経て、現実の弁護士の状況をみたとき、それによって見解を変えることはありうるのだと思います。
 もちろん、弁護士になろうとする者、「現実」を見ないと何もわからないというのでは、少々、どうかと思うところはありますが、若いが故の未熟さとも言えます。
 それから、やはり重要なのは制度を論じるにあたっては、その会員(弁護士)が合格者何名の時代に合格しようが関係がないということです。
 制度としてどうあるべきかということと、自分が何位で合格したのかは関連性がないということです。
 もっとも、岡田先生のご質問の趣旨は、森川候補が、「若手弁護士が就職難だから合格者を減らすべきだ」という点、つまり、自分が食えないから、数を減らせ、それに共感する若手(要は激増の恩恵を受けた者)に対する違和感ではないかと思います。
 この数を減らせという趣旨が、弁護士の経済的基盤維持を指すのであれば、これ自体は、本来は、若手か否かに関わらないことです。
 私自身は、森川候補の訴え(岡田先生のご指摘の訴え自体は私は未確認ですが)は、大票田の若手に目を向けた「選挙対策」として、「若手弁護士が就職難」という次元のものであろうと推察します。
(とはいえ、就職難ということ自体は、大票田に向けたものとしても、一応、就職ないしは即独した弁護士に対しては、あまり効果的な選挙対策ではないと思われます。)
 弁護士の経済的基盤という視点からみるのか、若手弁護士の就職難という視点からみるのか、切り口の問題といえます。
 自分が合格したのだから、後はどうでもよい、一刻も早く減員せよという層が一定数、存在すること自体は否定し得ないと思いますし、それが置かれた立場から来るものである以上、人情ともいえます。
 しかし、それは法科大学院制度に大きな原因があります。仕事を辞めて、あるいは就職せずに法科大学院に在籍しなければ司法試験が受験できないという制度であり、いわば全く後戻りできない状態(旧司法試験であれば合格できなかったと言い訳ができても、法科大学院制度の下では合格できなかったという烙印しか押されない)に置いたが故に生じている現象でもあります。
 しかも、「それだったら、あなたは、現在でも司法浪人を続けていることになるが。」という疑問も、実際には既に合格してしまっている以上、あくまで仮定にしかなりませんので、500名か司法浪人かの選択にはなり得ないのですから、疑問の提示としては正確ではないと思います。

2994 ありがとうございます

お忙しい中を早速にご丁寧な回答をいただきありがとうございます。論旨にはまったく同意できませんが、ご趣旨はよく理解できました。「謎」が解けた感じです。先生と私の間には、弁護士に求められる資質について、決定的な相違がありますね。最初に先生に批判された「月刊Lawyers」の論考の趣旨からご理解いただいているとおり、私は、もともと「弁護士」という職業をそれほど高度な知的能力が必要な職業と思っていません。先生が言われるような、「合格させていいのは150名程度」と言っている「学者」などは、本当に「世間知らずの愚か者」以外の何ものでもありません。普通の庶民が弁護士に求めているのは、「常識と温かい心」です。ですから、大量に試験で振り落す必要なんて、ないのです。という具合に書いてくると、先の論考の繰り返しになるのでやめておきます。なお、国際化の問題については、来月号の「法務ビジネス」に「TPPと弁護士の国際化」について、一文を草しましたので、発行されましたらお送りします。では、今後ともよろしくお願いいたします。

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